2016年2月17日水曜日

コンテンツとコンテキストと価値

rebuild.fmの#129でコンテンツのコンテキストの話があった。

コンテンツをシェアする人によってそのコンテンツのコンテキストが変わるということがある。
誰がシェアするかによってそのコンテンツの良し悪しが受け手にとって左右することがあるという話。

具体的な例として、「明日から使える!たった7つのIT現場改善法」という記事があったとする。
この記事に対して大学を出たばかりで現場経験値の低い私、田中が「良い」と言ってシェアするのと、
業界歴10年以上のベテランエンジニアが「良い」と言ってシェアするのでは意味合いが変わるというような話。
これはコンテンツがシェアされる時に新たな付加価値が加わって、形が変わった新しいコンテンツになっているという見方ができるかもしれない。



コンテンツは形を変える

映画を見るとき「誰と」観るか
ご飯を食べるとき「誰と」食べるか

「誰と」という、人が生み出すコンテキストはその人のキャラクターによるところが大きい。
コンテンツや何らかの経験自体の価値ももちろん重要だが、キャラクターが生み出すコンテキストに価値があるんじゃないか?と考えた。

生み出されたコンテキストは付加価値で、元のコンテンツに上乗せされて新しいコンテンツになる。


経験値

人の経験という話だと、最近こんな記事を読んだ。
社員には仕事ばかりさせないで旅行させたりしようという経営方針の会社の話。
「長時間働くな、良く眠れ、そして旅に出よ」お金を出して社員に旅行させる理由、CEOが明かす

経験値が高く、良い視点をもった人には能力があり、いろいろなコンテキストを生み出す価値がある。
ともすればこの経営方針は「価値を生み出すことのできる価値のある人間を作り出そう」ということか。

単純に元のコンテンツの価値の高さというのも重要な要素だし、それが価値にもなるけれど、そのコンテンツやあらゆる事象に対してコンテキストを上乗せさせることのできる人にこそより大きな価値があるように考えた。
考えてみればテレビに出てくるようなタレントがCMに出たり何か言ったりするのも同じことですね。


人がシェアしたコンテンツは形を変えて新たなコンテンツになりうる。
その人の経験に基づいて形成されたキャラクターがどうあるかというのはとても重要なポイントだという話でした。



以下はrebuild.fmネタだけれど、
rebuildで話題にされるSHIROBAKO、Fateはただのアニメとはまた違うコンテキストを持ったコンテンツになっている。
「naoya itoの絶賛する、マネジメントについて考えさせられるアニメ、Fate」となる。
聖杯問答はアツい。


ろくろ王イスカンダル

これはもともとtech系のネタを求めた人がアニメに興味を持つ副作用もあったりするかも。
元々アニメ好きというわけではない人も「最近のアニメってこんな話があるのか、こう見ると面白いかも」っていう「アニメの見方」が伝わる。
アニメエバンジェリスト。



P.S.

エンジニアはキャラクターに関して結構敏感だと思う。
「Webに強いAさん」「SwiftではピカイチのBさん」「テストにうるさいTさん」とか。
個人でなく会社に対しても、「AWSに強いC社」「ブログ書いてばっかりのM社」。
どこの分野で光っている人・会社なのかとか。

自分がどんな仕事がしたいかとか、この現場ではどういう振る舞いをすべきかとか、そういうことをよく考える傾向にあるんじゃないかなぁと思った。

人の印象に残る強いキャラクター性をもつことが今後を生き残る鍵?
なるしかないか、Swift芸人に...。


先述したように立場はコンテキスト・アウトプットを変える。

  • 自分が現在どの立ち位置にいるのか
  • 今後どの立ち位置にいるべきか
  • どんなアウトプットがしていきたいか

っていうのは常々考え続けにゃならんなぁと思ったなぁ。

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